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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)521号 判決 1975年10月28日

原告(反訴被告) 株式会社川島商会

右代表者代表取締役 川島重信

右訴訟代理人弁護士 永野謙丸

同 太田夏生

同 真山泰

同 塚田斌

同 小谷恒雄

被告(反訴原告) 株式会社不二

右代表者代表取締役 橋本良夫

右訴訟代理人弁護士 福田浩

同 古曳正夫

同 本林徹

同 久保利英明

同 内田晴康

同 飯田隆

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求並びに被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用中本訴に関する分は原告(反訴被告)の負担とし、反訴に関する分は被告(反訴原告)の負担とする。

事実

(申立)

一  原告(反訴被告、以下「原告」という。)は、本訴につき「訴外菊地電線株式会社(以下「訴外会社」という。)が被告(反訴原告、以下「被告」という。)に対して、(一)昭和四七年一二月一三日なした別紙第一目録1、2、7、8、10及び11記載の各約束手形の裏書譲渡行為、(二)同日なした別紙第二目録記載の電線の代物弁済行為、(三)同月一四日なした金三八〇万円の弁済行為をそれぞれ取消す。被告は原告に対し別紙第二目録記載の電線を引渡し、且つ、金一二八〇万円及びこれに対する本判決確定の日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。右電線引渡の強制執行ができないときは、被告は原告に対し引渡不能の部分につき別紙第二目録中価額欄記載の金員及びこれに対する引渡不能の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、反訴に対し「被告の反訴請求を棄却する。反訴訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

二  被告は、本訴に対し「原告の本訴請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、反訴につき「訴外会社が原告に対して昭和四七年一二月一五日以降なした別紙第三目録記載の債権の譲渡行為、又は訴外会社がこの払戻を受けてなした同額の弁済行為のいずれかを取消す。原告は被告に対し金三一四万〇八七二円及びこれに対する本判決確定の日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。反訴訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(主張)

第一本訴

一  原告の請求原因

1 原被告会社及び訴外菊地電線株式会社はいずれも各種電線の売買を営業目的とするものである。

2 原告会社は訴外会社に対して次のような債権を有する。

(一) 原告会社は訴外会社に対し、毎月二〇日締切り、翌月一〇日に一五〇日後を満期とする約束手形をもって支払を受ける約のもとに各種電線の取引を行い、

(1) 昭和四七年五月二一日以降同年六月二〇日までの間に金五八五万九六四一円、

(2) 同年六月二一日以降同年七月二〇日までの間に金三四一万五五四九円、

(3) 同年七月二一日以降同年一二月一一日までの間に金一〇万七八二八円、

合計金九三八万三〇一八円相当の電線を売渡した。原告は訴外会社から昭和四八年一月一七日別紙第三目録1、2記載の金額、同年三月二日同目録3記載の金額、同年五月二八日同目録4、5記載の金額、合計金三一四万〇八七二円の弁済を受けたので、これを控除した残金六二四万二一四六円の売掛代金債権を有することになる。

(二) 原告会社は昭和四七年一一月一〇日訴外会社に対し商品を同年一二月一五日までに納入する約で金一五〇〇万円を前渡金として支払ったが、訴外会社はそのうち金二三一万四三二九円相当の商品を納入したのみである。従って、原告は訴外会社に対し金一二六八万五六七一円の前渡金返還請求権を有する。

(三) 原告会社は昭和四七年一二月一一日訴外会社に対し商品は同月一五日までに納入する約で前渡金として別紙第一目録1乃至11記載の約束手形一一通(合計金一七〇〇万円相当)を振出交付し、満期にすべて支払をなしたが、訴外会社から商品の納入は全然なかった。従って、同額の返還請求権を有する。

3 訴外会社は経営が逼迫して、他に見るべき資産がないのに、原告会社その他の債権者を害することを知りながら、昭和四七年一二月一三日被告会社に対し別紙第一目録中1、2、7、8、10、11記載の約束手形を裏書譲渡するとともに、在庫商品の中から別紙第二目録記載の電線(金一二八万九一五三円相当)を自己の負担する買掛代金債務の弁済に代えて引渡し、更に同月一四日現金三八〇万円を支払った。

4 よって、原告会社は訴外会社が被告会社に対してなした右約束手形の裏書譲渡及び右電線の代物弁済及び金三八〇万円の弁済の各行為の取消を求めるとともに、被告会社に対し右電線の引渡並びに約束手形及び弁済による合計金一二八〇万円とこれに対する右取消の効果が生ずる本判決確定の日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。そして、原告会社は被告会社に対し、右電線の引渡強制執行が効を奏さないときは、引渡不能の部分につき別紙第二目録中価額欄記載の金員と引渡不能の翌日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実について、

(一) 同(一)の事実中原告会社が訴外会社から合計金三一四万〇八七二円の弁済を受けた事実は認めるが、その余の事実は知らない。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実中原告主張の手形振出の事実及び別紙第一目録1、2、7、8、10、11記載の手形が支払済であることは認めるが、その余の事実は否認する。

3 同3の事実中被告会社が訴外会社から原告主張の約束手形の裏書譲渡を受けたこと、金三八〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告会社と訴外会社の別紙第二目録記載の商品の取引は売買であって、代物弁済ではない。しかも、同目録10、11記載の商品は商品価値のないものであり、同目録12、13記載の商品は合計金一二万五四〇〇円の価値しかない。その他の商品も所謂売残りの半端物で、全体として金四〇万円を超えるものではない。

また、原告主張の約束手形の振出交付は、前渡金といいながらその実質は融通手形である。そうであるとすれば、訴外会社の手許にあったとしても、訴外会社から原告会社に対してその支払を求めることのできないものということになる。従って取消の対象とはならず、また訴外会社は、これを被告会社へ裏書譲渡する際、このことを当然知っていたのであるから、一般債権者の利益を害する認識はなかったのである。

三  被告の抗弁

訴外会社は被告会社が約束手形等を受領する前に、既にその資産を失っていた。被告会社の訴外会社に対する債権額を考えれば、被告会社は債権者としての配当率の範囲内で且つ、訴外会社や他の債権者の有利になるよう取計らったものである。従って、被告会社は債権者詐害については善意である。

四  抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実は否認する。

第二反訴

一  被告の請求原因

1 原被告会社及び訴外会社の営業目的は本訴請求原因1と同じである。

2 被告会社は訴外会社に対して売掛代金債権金八四一万九三七七円、約束手形金債権金二五四六万一二七六円を有する。

3 原告会社は、訴外会社が昭和四七年一二月一五日倒産した後において、訴外会社の有する別紙第三目録記載の債権を自己の弁済に充当する目的で譲渡を受けたうえ、同目録記載の各第三債務者からその支払を受けたか、あるいは、訴外会社が同目録記載の定期預金等の払戻を受けた合計金三一四万〇八七二円をもって、前記の弁済を受けたか、そのいずれかである。

4 訴外会社は、右倒産時、合計金一億三一八八万四〇二八円の債務があったのに対し、帳簿上の価格として合計金二五九三万五五八円の資産があるに過ぎず、しかもそのうち在庫商品金一一八三万二二九一円というのは既に実体を失い、また売掛代金四九九万九二五四円の債権は、殆ど買掛代金債務と相殺さるべき関係にあって、別紙第三目録記載の債権こそ実質的には訴外会社に残された資産のすべてであった。訴外会社は被告会社その他の債権者の利益を害することを知りながら、これをもって原告会社に譲渡したか、弁済したかのいずれかである。

5 よって、被告会社は訴外会社が原告会社に対してなした右債権譲渡行為か、弁済行為のいずれかの取消を求めるとともに、原告会社に対し右金三一四万〇八七二円とこれに対する右取消の効果が生ずる本判決確定の日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  原告の答弁

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は知らない。

3 同3の事実中訴外会社が被告主張の日に倒産したこと、訴外会社が別紙第三目録記載の定期預金等の払戻を受けた合計金三一四万〇八七二円をもって原告に弁済したことは認めるが、その余の事実は否認する。

4 同4の事実は知らない。

三  原告の抗弁

原告会社は右弁済を受けるにあたって、これが他の債権者の利益を害することは知らなかった。

四  抗弁に対する被告の答弁

抗弁事実は否認する。

(証拠)≪省略≫

理由

(本訴)

一  原被告会社及び訴外会社がいずれも各種電線の売買を営業目的とするものであることは当事者間に争いがない。

二  先ず、原告会社の訴外会社に対する債権について検討するに、原告が訴外会社から別紙第三目録記載の金額合計金三一四万〇八七二円の弁済を受けたこと、原告会社が別紙第一目録記載の各手形を振出した事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すると、本訴請求原因2のその余の事実を認めることができる。

≪証拠省略≫を綜合すると、訴外会社は被告会社からも各種電線を仕入れていたが、昭和四七年九月一日から同年一二月一五日までの間に従前に比べて仕入量が増加し、同時に原告会社へ売渡す量も増加した形跡があり、右期間内に訴外会社から原告会社へ出荷された電線類は合計金三四〇〇万以上となっているうえ、原告会社への売却価額も被告会社からの仕入価額を下廻るものであったことが認められるので、このような事実を考えると、原告会社の訴外会社に対する債権額は前記認定のそれよりも寡額になると考えられるが、その額を本件においては確定することはできない。しかし、少くとも原告が本件において詐害行為と主張するものの金額を超えるものと認めるのが相当である。

三  被告会社が昭和四七年一二月一三日訴外会社から別紙第一目録中1、2、7、8、10、11記載の約束手形の裏書譲渡及びその支払を受けたこと、同月一四日現金三八〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、後記認定の事実に徴して、右各手形の取得は弁済に代わるものと認められる。そして、≪証拠省略≫を綜合すると、被告会社は昭和四七年一二月一三日訴外会社から別紙第二目録記載の電線の交付を受けたこと、訴外会社では同月一五日現在同目録価額欄記載の金額を被告会社の訴外会社に対する売掛代金額から差引き、帳簿上そのような処理をしたことを認めることができる。被告は右電線の価額が到底同目録価額欄記載のとおりでなく、より低額に評価すべきであると争うけれども、≪証拠省略≫によれば、右電線の中には被告会社から仕入れたものもあって、訴外会社ではその仕入価格によって処理したことを窺うことができ、他に右認定を動かすに足る証拠がないので、結局は相当と認める同目録価額欄記載の金額に従うほかないというべきである。そうすると、被告会社の右電線の取得は、後記認定の諸事情をも併せ考えると、これを単なる売買と見るべきではなく、同目録記載の金額をもってなされた代物弁済と見るのが相当である。

なお、被告は前記手形の裏書譲渡について、右各手形が原告会社から訴外会社へ融通手形として振出されたものであるから、訴外会社の手もとに戻ったとしても、訴外会社から原告会社へ支払を請求できないものであって、そもそも詐害行為取消の対象にならない旨主張する。確かに、≪証拠省略≫によれば、右各手形が融通手形であるかの如く窺えるので、そうだとすれば被告の主張のとおり見る余地があるといわなければならないけれども、これが悪意でない第三者に裏書譲渡された以上、訴外会社は遡及義務を負い、債務増加をもたらすものであるうえ、右各手形が既に振出人たる原告会社において支払済となっていることは当事者間に争いがないので、被告の右主張を採ることはできない。

四  ところで、原告が取消を求めるのは、弁済及び代物弁済行為であるから、これのなされた状況を検討しなければならない。≪証拠省略≫を綜合すると、訴外会社は昭和四七年八月三一日の決算報告において、既に欠損金一一七万六八三〇円を生じて債務超過の状態にあって、その後も経営は思わしくなく、原告会社から前渡金名下に前記各手形の振出を受け、これを金融機関ばかりでなく、高利の金融業者にまで割引して貰って経営資金に回していたが、それでも打開策なく、挙句は被告会社にこの事情を秘して大量に電線類を仕入れ、これを原告会社へダンピングするということまでしてどうにか経営を続けてきたこと、因みに昭和四七年一二月一五日に手形不渡を出して倒産した時点では、資産総額金二五九三万五五八九円に対し負債総額一億三一八八万四〇二八円であったこと、従って、経営内容は昭和四七年九月一日から同年一二月一五日までの僅かな期間中に急激に悪化していること、右倒産直前の同年一二月一二日訴外会社代表者菊地稔は目前に迫った同月一五日の手形決済資金の都合がつかず、漸く原告会社から別紙第一目録記載の各手形の振出を受けたものの、このうち金五〇〇万円程度の割引を受けられたが、同目録1、2、7、8、10、11記載の手形についてはどこからも割引いて貰えず、苦慮していたこと、そこで右各手形金額合計金九〇〇万円を被告会社に割引いて貰おうと相談に赴いたところ、被告会社代表者橋本良夫に右手形を手渡して、これが原告会社の支払手形であると説明しただけでは容易に割引いて貰えず、更に詳細な説明を求められたので、訴外会社の帳簿を持参呈示して、苦境を開陳したこと、橋本はこれらを一瞥して、被告会社のみが急激に大量の電線を訴外会社に出荷して買掛代金が増大しているにも拘らず、訴外会社の有する売掛代金債権が余りにも少いのに不審を抱き、その逼迫した状態を始めて知って、かえって警戒を強め、右各手形割引の依頼を拒絶し、被告会社の売掛代金回収を図るため、債務の支払か、弁済に代えて右各手形の裏書譲渡あるいは商品の引渡を求めたこと、菊地は当初これを拒み、手形割引への協力を力説し、割引に応じられないならば右各手形の返還を求めていたが聞入れられず、逆に大口債権者である被告会社から強硬に弁済を迫られた結果、やむなく右各手形を裏書譲渡したほか、既に割引によって得ていた現金のうちから金三八〇万円を支払い、更に被告会社の求めにより倉庫へ案内して、そのうちから別紙第二目録記載の電線を被告会社において持去るに任せたことを認めることができる。

右事実によれば、被告会社の債権回収の方法についてはともかく、訴外会社としては右弁済はもとより、相当価格をもってする代物弁済についても、これによって他の債権者を害することの認識は否定し得ないとはいえ、これを害することの積極的な意思のもとになしたものとまでは到底認め難いところである。他にこれを認めるに足る的確な証拠はない。

五  してみれば、原告の本訴請求は、爾余の点について判断するまでもなく、理由がないので、棄却を免れない。

(反訴)

一  原被告会社及び訴外会社の営業目的については、本訴における説示と同一である。

二  ≪証拠省略≫によれば、被告会社は昭和四七年一二月一五日現在訴外会社に対して売掛代金八四一万九三七七円、手形金二五四六万一二七六円(これに対し買掛代金一四九万六二六七円の債務を有する。)の債権を有していたことが認められる。

三  訴外会社が別紙第三目録記載の定期預金等の払戻を受けた合計金三一四万〇八七二円をもって原告会社に弁済したことは当事者間に争いがなく、同目録1、2記載の金額については昭和四八年一月一七日、同目録3記載の金額については同年三月三日、同目録4、5記載の金額については同年五月二八日に弁済されたことは原告の自認するところである。

四  右各弁済がなされた当時の訴外会社の資産負債の状況は、本訴において認定した昭和四七年一二月一五日倒産時のそれより好転したことを窺う資料がないばかりか、≪証拠省略≫によれば、訴外会社は右の倒産後は、債権者らが相集り(原告会社はこれに加わらない唯一の債権者である。)収拾策を協議していたことが認められる位である。ところで、訴外会社の右弁済は、右のとおり訴外会社倒産後債権者集会の行われた後のことであるのみならず、弁論の全趣旨によって訴外会社が原告会社の債権回収に協力的であることは窺うことができるので、訴外会社の詐害の意思を推認し得ないわけではないけれども、債務の本旨に従った弁済につき原告会社と訴外会社とが他の債権者を詐害するため通謀する等積極的なものを認むべき資料がないばかりか、一体いかなる事情のもとでかかる弁済をなしたかについては、本件全証拠によるも全く明らかでない。そうだとするならば、右弁済をもって直ちに詐害行為と断ずることには躊躇せざるを得ない。

五  してみれば、被告の反訴請求もまた爾余の点について判断するまでもなく、棄却を免れない。

(結論)

原告の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富田郁郎)

<以下省略>

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